テラス

「辞めた!~そこから見える生きる道~」前編

根本 もっさん
2,379 views 2014.07.21

いぐするテラスってなに?

いぐする仙台が水曜日の18時半から、不定期で実施しているイベント「いぐするテラス」。ここでは、就職にイメージの沸かない大学1・2年生や就活に悩んでいる大学3・4年生が、ゲストの社会人の方と交流しながら、なにかヒントを得て帰ってもらう、そんな場です。

第0回と銘打った表題のイベントでは「社会人」と呼ばれる若者の中でも、かなり飛び抜けた経験をしているお二人をゲストとしてお招きし、それぞれの大学生活や、就職・退職をはじめとして現在に至るまでに起きた大きな出来事、これまでの決断にあった思いなどについてお話をお聞きしました。こちらの記事では、そのイベントの模様をお伝えいたします。

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根本:えー「今日のこのイベントは何ぞや」というお話なんですけれども。このイベントはですね「若者の職業観を考えるイベント」でございます。今日のゲストのお二人はですねー、たぶんですね、いわゆる就職活動みたいなことを1秒もしたことがないんじゃないかな。

勝部:そういえば、ないかな。

根本:(笑)はい、「そういえば、ないかな」って感じの人たちなんですけれども。
マイナ○ですとかリク○ビですとかいわゆる就活サイトに登録してめっちゃメール来て、みたいなことをやっていないお二人からですね、「どうやってその道を歩んできたの?」であるとか、「どんな大学生活をしていて今の決断をすることになったの?」というようなことをお聞きしていこうと思います。

根本:「辞めた!~そこから見える生きる道~」ということでけっこう大げさなタイトルがついているんですけれども、松橋さんの場合は、えー、うちの会社を辞めてるんですよね、はい(笑)。そして勝部さんは大学院を辞めて就職したということで、ではさっそくお二人に簡単なプロフィールをお聞きしたいと思います。

松橋:松橋穂波です。青森の八戸出身で大学で仙台に来まして、宮城教育大学に来ました。就活を忘れていて気づいたら卒業していて、1回会社に勤めたんですけど「一身上の都合」でやめてしまって、で今は「プロフェッショナルニート」というものをやってます。よろしくお願いします。

根本:変わった肩書きですね(笑)。はい、よろしくお願いします。じゃあ、勝部くん。

勝部:はい、実はここ3人同い年なんですけど。

根本:そうなんですよね、実は。

勝部:えーと、勝部達也と言います。僕は出身が鳥取で、なんで仙台来たかっていうと「東北美人」に会えるかなと思って大学来たら、あのー、仙台って「日本三大ブス都市」のひとつだったんですね

根本:しょっぱなから失礼ですね(笑)

勝部:まぁ、事前調査が足りなかったですね。で、研究者になるつもりで大学入ったんですが、1週間くらいで気が変わって、ああだこうだしている間にいろんな人に揉まれて、でもまだ研究者になる道も捨てがたいし、大学院行こうかと思った矢先に『勝部くん。インドでさ、イチゴつくらない?』みたいな話をされ、『休学して1年ならいいですよ』って言って行ってたら、気がついたら入社していたんですよね。それがこの前の4月、という経歴です。よろしくお願いします。

根本:はい、というお二人なんですけれども。
穂波さんは2ヶ月でお仕事を辞めたということですが、理由はさっき濁してましたけれどももう一度お聞きすると?

松橋:一身上の都合です。

根本:この前『ビートたけしのTVタックル』に出演されていましたけど、そのときはちょっと違うこと言ってましたよね?

松橋:……騎馬戦の世界大会を開きたい

根本:そうですよね、そう言ってましたよね。そう言って大竹まことさんに「勝手に辞めちまえよ!」みたいなこと言われていましたよね。

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松橋さんの出演当時の様子

松橋:そう、でも言われたあと、大竹まことさんってああいう毒舌キャラじゃないですか。(実は)めっちゃいい人で。最後に「頑張れよ」って。めっちゃいい人。

根本:いい話じゃないですか(笑)

松橋:うん、いい人でした。

ふたりはどんな大学生だったの?

根本:ということでね、今日は「騎馬戦やりたくて会社辞めちゃった人」「インドでイチゴ育てているうちに大学院辞めて入社しちゃった人」でお送りしていこうと思うんですけれども、まぁこれだけ聞くとちょっと頭がおかしいじゃないかと。あんまり身近に思えないんじゃないかと思いまして、まずはですね、お二人も大学生活していた時期があるということで、大学生活の頃のお話からお聞きしていこうと思うんですけれども。

根本:穂波さんは宮城教育大学に入ったということで、先生になりたかったんですか?

松橋:一応そうです。たぶん。

根本:たぶんそうだったんですね。

松橋:紆余曲折を経て、「んじゃあ教員にでもなろうかな」と軽い気持ちで思っていましたね。

根本:じゃあ1・2年生の頃は大学で、けっこう真面目に教員になるために勉強していたんですね。

松橋:そうですね。大学には、比較的真面目に行っていたほうなのかなと思いますね。

根本:「大学には」っていう言い方にいろんなものが詰まっている感じがしたんですけれども、大学以外でもいろいろ活動されていたんですか?

松橋:そうですね、いろいろ。

根本:なんか合コンが主だったというお話をお聞きしたんですけれども。

松橋合コンが主でしたね。

根本宮城教育大学の女の子と東北大学の男性をマッチングするサービスをしていたとお聞きしたんですけれども。

松橋:そうですね、そういったサービスもありましたね。東北大学に友だちは多いほうだったので、よく声がかかって女子側の幹事をしていました。

根本:なるほど。じゃあ大学1・2年生の頃は合コンしたり『穂波会』という謎の会を開催したりという感じだったんですかね。

松橋:あーでも穂波会は3年からなので、1・2年の頃は本当に何もしてなくて。合コンばかりしていましたね。

根本:あ、合コンしかしてなかったんですね。じゃあ穂波さんの大学1・2年は合コンだけで終わってしまったんですけれども。勝部くんは1・2年の頃何をやっていました?

勝部:あのー、今日初めて穂波さんとお会いしたんですけれども、『マッチングをお願いしておくべきだったな』と思いましたね。

根本:ああ(笑)。マッチングしてなかったんですね。

勝部:マッチングしてなかったですね。……東北に初めて来て、当時は研究者になりたいと思って大学を選んだわけなんですけど、やっぱり遊びたいという思いもあって。

根本:まぁ、誰しもが思うことですよね。

勝部:で、いろんなサークルが新入生募集をしていますよね。そのなかでフリーペーパー作成しているサークルがあって、そのフリーペーパーのなかで『合コン企画』というのがあったんですよ。『お?』と思って。『このサークル、こんな企画もやってるし超リア充サークルなんじゃないか!?』と思って飛び込んだら結局、男しかいなかった

会場・笑い

根本:合コン企画やってたのに男しかいなかった。

勝部:まぁそんな感じで、男ばかりの企画サークルに入っていましたね。企画サークルって言ったら普通チャラいじゃないですか。イベントやるだとか。

根本:まぁね。『イベサー』って言うと『チャラさの権化』みたいなところありますね。

勝部:でも男しかいなくて。内輪でワイワイやってましたね。

根本:あのー、マスピー(修正音)ってサークルですよね。

勝部:そうですね、Мピー(修正音)ってサークルですね。

根本:あそこのサークルはけっこうトんだ人が多いというか、東北大の中でも『異端児』と呼ばれる人が集まるサークルだと僕は認識しておりますね。するとふたりの共通点としてはイベントというか、そういうところに関心があったのかなという感じですね。

大学後半は何してた?

根本:まぁ1・2年の頃そういう感じでやっていってですよ? まぁ3年の後半あたりからみんな「就活就活」と呪文のように言い始めるわけじゃないですか。そうなっていったときに、お二人は何をしていたのかなというのをお聞きしていきたいと思うんですけれども。穂波さんはどんなことをされていましたか?

松橋:3年になってから「穂波会」を始めて。さっき根本くんに「チャラさの権化」って言われた企画とかイベントをやる団体なんですけど(笑)

根本:なるほど(笑)。それはまた、何でやりはじめようと思ったんですか?

松橋:震災が大学2年と3年の間にあったんですよね。そこからいろんなものを目の当たりにして、「私このままじゃカスやん」と思って、「何か自分でやらなきゃ」と思ったんですね。ただ「やらなくちゃいけない義務感」とか、ちょっと流行りといったらなんですけど「ボランティアしよう」とかそういうのじゃなくて、本当に自分が心から「やりたい!」と思うこと、全力で取り組めるものを探すようになって、それが穂波会だったって感じですね。

根本:あー、なるほど。震災を機に「今までやりたいことをやってなかったんじゃないか?」と思うようになったと。

松橋:そうですね。身近な人の死というのを目の当たりにして、「自分もいつ死ぬか分からない」と思ったし、極端な話「明日死ぬ」ってなった時に「あぁいい人生だったな」と思えるように、後悔しないように生きていきたいなと思ったんですね。

根本:そうだったんですね。いや、「震災あったからボランティア行きました」はわりとよく聞くじゃないですか。僕もそうでしたし、そういう人はたくさんいるなと思うんですけど、そこで「イベントを開く」というのは意外だったんですが、そういう気持ちがあったんですね。

根本:勝部くんはその頃は何をしていました?

勝部:今だから話しますと、当時やっていたことがあまりうまくいっていなくて、震災を機にそれを「打ち切った」みたいな感じでして、当時はMPが0でしたね。

根本:あぁ、もうメラも使えないような。

勝部:「俺、生きてて何の役に立つんだろうなぁ」みたいな感じで。何も達成できないし、どうしようかな、というふうに気持ちが落ちてましたね。「こんな俺がボランティアに行っても…」みたいな感じになってました。

大学4年時に訪れた機会

根本:そこから2人にまた共通点が出てくるんですけど、お二人とも4年生になってからインターンを始めているんですよね。そのお話も少しずつ聞いていこうと思うんですけど。

根本:松橋さんは「アスイク」というNPOでインターンをはじめていて、僕はそこではじめて松橋さんにお会いしてるんですけど。

松橋:そうですね。「アスイク」という学習支援を行っている団体でインターンをしてましたね。

根本:それをはじめたきっかけというのは?

松橋:うーんそれは、繰り返しになりますけど、震災があってから自分のやりたいことをやっていたんですけど、1つ1つが小さくて。3年時にやってた「穂波会」というのはただの宅飲みだったので。

根本:あ、そうだったんですね(笑)。穂波会はかなり大きなイベントを開いているイメージがあったんですけどその当時はただの宅飲みだった。

松橋:そうですね、4年になってから『穂波会』どんどん成長していったんですけど。3年時はそうやって小さく楽しくやってたものの「何かが足りないな」と思っていて。自分の中で現状に満足していない、「乾いている」状態。何かを欲している状態だったところに「インターン」というものがたまたまぶつかって。これが「留学」とかなにか違うものでもやっていたと思うんですけど、その時はちょうど「インターン」がその「乾いている状態」にぶつかって。これをやってみたら満たされるんじゃないかと思ってはじめましたね。

根本:なるほど。それはちなみにいつ頃でした?

松橋:4年の7月くらいですね。

根本:あー、4年生になってから始めたんですね。「乾いている」という表現はなにかこう、しっくり来ますね。現状で満足できず、何かを求めているという。

根本:勝部くんのインターンは最後にはインド行っちゃったりとか、かなり大きな話だったみたいですけれども。

勝部:そうですね、3年時はやっぱり落ちていて、4年になってから動き始めました。実はインターンは4年の時の1年間と、その翌年の1年間とで2つの所に行きました
まず最初のインターンは仙台で、それが始まる前にはいくつか出来事がありました。
そっちから話すと、震災後っていろんな著名人が「ぜひ東北・仙台で何かやりたい」という感じで飛んできたじゃないですか。

根本:そうですね。

勝部:所属していたサークルがさっき言ったように、イベントを企画するサークルだったんで、3年生の冬くらいに、うちのサークルを立ち上げた人、今は復興の第一線で活躍している人、の繋がりで経済界で有名な方の講演会を開くことになったんですね。堀義人さんという、グロービス経営大学院というビジネススクールの学長で、20年前に「俺は日本にMBAの取れる学校を作るんだ!」と言って実際に0から大学院を作ってしまった人なんですけど。その人が仙台の大学生に講演をしたいということになりまして、そのイベントをサークルで運営する事になったんですね。

勝部:当時、自信はほとんど無くなっていたんですけど、震災から半年もすると「乾き」のようなものはやっぱりあって。手伝っていく中で、そのグロービス経営大学院が仙台でキャンパスを新たに立ち上げるということで、その立ち上げを一緒にやらないか?と言われて、面白そうだったので、4年の4月にそこでインターンをはじめました。

根本:なるほど。そうするとはじめは、グロービス経営大学のインターンをしていたんですね。あのー、そこからインドでイチゴを育てることになるわけですが、それはまたどういう経緯でそうなったんでしょう?

勝部:そうですね、グロービスでのインターンは1年やってたんですけど、グロービス経営大学院というのは面白い経営者を輩出していて、その大学院の校風自体が「志を持ち、社会に良い変革を起こしていこう」ということを超大真面目にやるところなんですね。
その大学院が仙台に出来たことで、東京で能力を培った卒業生と仙台の在校生を交流する機会も出来て、そこで、今の社長(株式会社GRA代表・岩佐大輝さん)と出会って誘われたんです。

根本:あー、なるほど。今勝部くんの働いている会社の社長が、1つめのインターン先のグロービス経営大学院の卒業生だったんですね。

勝部:そうですね。ちゃんと始めから話すとややこしい話なんですけれども。

根本:なるほど。そうすると2人とも「俺はこれをやりたいんだ!」と言ってまっすぐ突き進んできたというよりは、何かを求めている状態で「きっかけ」が飛び込んできて、その道を進むようになったという感じなんですね。

根本:ここで元あった疑問を投げかけますと、おふたりとも4年生のときにインターンをはじめているようなんですけど、世間だと4年時には就活ももう終盤で、内定出てる人もいたりすると。そういう周囲をどう思っていた?ということをちょっとお聞きしたいんですけれども。

松橋:それに関しては、私は宮城教育大学だったので環境が特殊で、みんな就職活動ってしないんですよね。

根本:なんかこう、みんな先生になるから、資格試験みたいなテンションでほとんど全員が教員試験を受けると聞きましたけど。

松橋:教員試験と公務員試験ですね。だから一般的に言われている「就活」みたいなことをするのは一部ですね。

根本:じゃあみんな試験勉強はしてるけど「就職活動」って雰囲気ではないという感じなんですかね。

松橋:そうですね、私も教員採用試験を受ける気でいたんですよ。全く勉強してなかったですけど。だから免許も小中高全部持ってますね。

根本:へー!じゃあ全部持った上で、教員採用試験は受けてない。

松橋:いや、実は受けてるんですよ。一応「受けるだけ受けようかな」と思って、試験会場ではじめて参考書を開いて、その参考書で指を切ったという。

会場・笑い

根本:もう1回も開いてないから、ピン札みたいになってたんですね。

勝部:たぶん参考書も怒ったんでしょうね。

松橋:それで私の教員採用試験は終わりましたね。

根本:まぁ、指切っちゃいましたからね(笑)。そうか、でも将来の道として教員は目指していたんですね。

松橋:そうですね、ただ「教師になろう」と頭の中では思っているんですけど、なんか、何かが「違う!」と言ってたんですよね。頭では「いやいや安定だぞ、公務員だぞ、宮教入ってんだぞ」と思ってるんですけど、でも心は「違う」と言っていると。

根本:あぁ、それすげぇ分かるなぁ。
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松橋:そんな気持ちがあって、4年の後半からは全く勉強しなくなって、とりあえず試験はあったから受けて、落ちてという感じでしたね

根本:なるほど。勝部くんは研究職に就こう、と考えていたんですよね?

勝部:そうですね、僕中学校の時に夢があって、それが「世界一美味しいカップラーメンをつくりたい」ってものだったんですね。

根本:!? それが僕の中ではすぐに研究職に結びつかないんですけども。

勝部:なにかこう、食べ物に関わる研究がしたいと思っていて、身近にあった食べ物というのがカップラーメンで。で、僕は通っていた大学が仙台では「とんピー(修正音)」と呼ばれるところだったんですけれども。

根本:まぁ、だいたい分かりますね。

勝部:そこは理系の学生の殆どはだいたい大学院に行くという大学だったんですね。だから自分も学部と院を合わせて6年で卒業して社会に出る、または研究者への道を行くのかなと思っていて。それで4年の7月に院試を受けて受かったんです。でも、大学院入学の1ヶ月半前に「インド行かない?」というメールが今の社長から来て、「じゃあそっち行くわ」と思って休学したんですね。

根本:あぁ、そのタイミングだったんですね。じゃあ、大学院は授業に1回も出ずに休学してる。

勝部:そうですね。通う前に「あ、インド行こう」と思って。

会場・笑い

勝部:まぁ僕も当時は「このままでいいのかなぁ」というモヤモヤ感は確かにあって。「このモヤモヤ感をどうにかしないと」と悶々としていたところで幸運にもそういう道を提示してくれる人がいて……。まぁ今思うと人さらいですよね。

前半は波乱万丈なお二人の学生生活についてお送りしました。いよいよ後半はお二人が学生生活を終え、社会に飛び込んでいく様子についてご紹介します。「松橋さんはプロフェッショナルニート兼全日本騎馬戦代表としてでどうやって生きているのか?」「勝部くんはイチゴを育てながらインドで何を思ったのか?」。さらに濃い話が展開される後半のトークはこちらから。

文章:名前(○大学○年)
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