残したい声がある
「自分の人生を書くことで、人は誰でも物書きになれる」
こう話す創栄出版(仙台市若林区五橋)社長の新出安政さん(71)は、創業から41年間、自費出版業に力を入れてきた。一言でいうなれば「粋」、あまちゃん的に言うと「かっけー!」人である。
▲創栄出版から自費出版された数多くの本に囲まれ満足げな社長の新出安政さん=仙台市若林区五橋、同社内の「あゆみの図書館」
3歳で終戦を迎え、様々な戦争体験を聞いて育ってきた。聞くに堪えない辛い話から、ロシアで捕虜となった日本人の希望は、「ロシア人の女性と付き合う」ことだったという話まで、聞いた数だけのストーリーがあった。一言では到底語れない、時が過ぎれば忘れ去られる記憶。「本として形に残し、後世に伝えていかなければいけない」と強く思った。より多くの人々が自ら書き記すことが大切だと考え、市井により身近な自費出版業を興した。
震災が起きた時も、新出さんを突き動かしたのはそうした使命感だった。東日本大震災から約半年後、新出さんが自ら企画、編集し、『あの日のわたしー東日本大震災99人の声』を出版した。「100人目は読んだあなたに語り継いでほしい」という願いから、99話を収めた。
「書き残すことで、生きた証が残る」と新出さんは信じる。震災直後に全国から震災体験を公募したため、批判もあった。新出さんは今でも「不謹慎だった」と後悔し続ける。それでも、被災地仙台の出版社として、一番に震災の記憶を世に送り出すことができたことを誇りに思っている。
「本にしたことで、自分の足跡を残せた」と、仙台市の主婦である齋藤康子さん(79)は話す。当時1歳の次男を亡くしたのを機に文章を書き始めた。齋藤さんは、「書くことで救われた、息子の分まで強く生きようと思えた」と振り返る。
2年前、夫の死に寄せた追悼文を新出さんが目にした。本にすることは乗り気ではなかった齋藤さんの背中を押したのは、新出さんだった。「あなたの文章は、多くの読み手の共感を呼ぶはず。本人しか知らない物語にするのはもったいない」。昨年、段ボール3箱分の長年書きためた文章47編に厳選し、『さんさ時雨』を出版した。
書き手の思いを、記憶を受け継ぐことに意義がある。新出さんは、「日本の歴史には残らない生き方でも、自分の子どもや子孫にとっては何よりの教科書なんだ」と話す。だからこそ、市井の人々でもできる自費出版にこだわり続ける新出さん。新出さんもまた、「娘に書こうと思うと恥ずかしいから、孫に伝えようと思って書きたい」と、自分の生きた跡を後世に残そうと考えている。
便利で豊かになった一方、忙しく、人とのつながりが希薄になった現代。「生きる意味に向き合い、他者の生き方に触れる機会が減っている。その手助けをしたい」。それぞれの人生を一冊の本にしてきた新出さん。 これからも自費出版を通して豊かな未来を照らし続ける。
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