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介護が必要な人にも旅行する楽しみを。誰も踏み込んでいない分野への挑戦

いぐみん いぐみん
507 views 2018.10.25

小笠原一雄さん 株式会社 旅日記

旅行と介護を組み合わせたサービスを提供している、仙台市の「株式会社 旅日記」。代表取締役の小笠原一雄さん(65)は、旅行事業についてほとんど素人同然でしたが、素人だからこその目の付け所から始まったのが、旅日記のサービスです。東北で誰もやっていない旅日記のサービスについて、お話を聞いてきました!

オーダーメイドの旅行プラン

小笠原さんは現在、高齢者や身体障害者といった介護が必要な方(以下、要介護者)の旅行を、計画・実行までサポートするサービスを行っています。お客さんの症状に合わせて無理なく楽しめる旅行にするために、介護者や移動手段、宿泊先などの選定と手配を行い、オーダーメイドの旅行プランを作ります。東北を中心に、小笠原さんと社員1名で会社を運営し、他に1、2名の協力者と共にサービスを提供しています。

小笠原さん「介護を必要としている方の中には、旅行自体に苦手意識を抱いている方も多いです。旅行へ行きたい気持ちがあっても、移動や疲れといった不安要素があるので、踏み出せないのです。1度経験していただければ不安も減ると思うので、初めての方もまずは相談してもらいたい」。

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実際の依頼では、温泉や水族館、ライブまで幅広い目的地に合わせて旅行プランを組んでいます。お客さんが行きたい場所へ行くための練習として、何度か段階を踏んで旅行をし、目的地までの距離を伸ばしていくサポートを行ったことも。

東京ディズニーシーへの旅行を実現した例(2017年)
依頼者のふだんの行動範囲は近場だった。
・ステップ1:新幹線に乗る
・ステップ2:宿泊経験をするために温泉旅行
・ステップ3:念願の東京ディズニーシーへ

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要介護者が旅行を楽しむために重要なサービスですが、「現状では、お客さんにとってのハードル、そして旅日記にとってのハードルも高い」と小笠原さんは語ります。

一般的な介護サービスは、通常、介護保険が適用されます。しかし、旅行の支援サービスは“娯楽”のカテゴリーに入るため、すべてお客さんの自費負担となります。本人の旅費以外に付き添う介護者の旅費が加わるので、行先によっても異なりますが、1泊2日の旅行でも10万円を超える価格帯になってしまいます。

お客さんの症状にあわせて宿泊先の調査やアレンジを行う必要がありますが、東北ではバリアフリー設備が整っていない施設も多く、宿泊先に受け入れを断られる場合もあります。

こうした困難の中、活力の源となるのは「お客さんからの声」だと小笠原さんは言います。
「お客さんからのお礼の声や手紙が、頑張ろうという気持ちに繋がります。1度利用していただくと、次に行ってみたい場所をお話しされる方がたくさんいますし、リピートしていただける方も多いです。お客さんの声を聞くと、このサービスの必要性を改めて実感し、頑張っていこうという気持ちになります」。

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▲実際にお客さんから届いた手紙

始まりは温泉に入るデイサービス

小笠原さんは「いかにも病院という感じでなく、楽しむことができる介護生活を送ってほしい。自分自身が介護される立場になった時に、楽しみのない生活となるのは嫌だ」と考え、介護事業に携わり始めました。

2004年から、東北の温泉旅館やホテルの中で行う、デイサービスや介護事業をスタート。この事業に取り組む中で、小笠原さんは「“旅館に通って温泉に入るデイサービス”というサービスモデルは、実質、“日帰りの温泉旅行”に連れて行っていることと同じではないか」と考えました。そこから「介護の必要な方の旅行支援もできるのではないか」とひらめき、2010年から旅日記で要介護者の旅行を支援するサービスを始めました。

しかし、サービス開始当初、小笠原さんは困難に直面します。2011年3月11日、東日本大震災が発生。旅行は自粛ムードとなってしまい、旅日記もその影響を受けて、ほとんど開店休業の状態が4年間ほど続きました。

2016年のリオパラリンピックをきっかけに、徐々に要介護者の旅行が増え、旅日記への依頼も増えていきました。現在は、東北から旅行に行く方や、東北へ旅行に来る方、団体での旅行など多くの依頼を受けています。

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旅日記のこれから

小笠原さんは、サービスの提供を続けていく中で「東北で要介護者が旅行する際の問題点が見えてきた」と言います。

小笠原さんによると、全国に比べて東北では、バリアフリーの設備を整えている宿泊施設が圧倒的に少ないというのです。さらに、バリアフリーの設備を整えていても、従業員の対応によって要介護者からクレームを受けるリスクを心配する宿泊施設も。アンケートを取ると「要介護者を積極的に受け入れる必要はない」と答える宿泊施設が目立つのが、実情です。

逆に、バリアフリーを重視している宿泊施設は、設備が整っているものの病院と部屋の雰囲気が変わらず、満足感を得られないというお客さんの声もあります。病院にいるのと変わらない経験であれば旅行へ行く意味がなく、バリアフリーに対応しつつ旅行の特別感のある施設が求められています。

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「墓参りなどの“身近なお出かけ”への付き添いの依頼もある」と小笠原さん。特に一人暮らしの要介護者は、旅行だけでなく近場へ出かけることも難しいという現状が、サービスの提供を通して見えてきました。

そこで旅日記では、より身近で支援できるサービスの提供を目指しています。墓参りやショッピング、カラオケなどのちょっとしたお出かけに対応したサービスを、より多くのお客さんに利用してもらうために、今年の秋には日帰りバスツアーも企画しています。

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小笠原さん「旅日記のサービスを必要としている方がいること、喜んでくれる方がいることが、これまでの活動で分かりました。今後は、このサービスをより多くの人に知ってもらう必要があると思っています。一人暮らしの要介護者のニーズも見えてきたので、そういった方々に今まで以上に寄り添ったサービスを提供していきたいです」。

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「自分がヘルパーの必要な年代になっているのに、どうして人のヘルプをするのか?」と周りに言われますが、温泉旅館の中でデイサービスを運営するのは“温泉が好きだから”。介護旅行をやっているのは“自分が動けなくなったときに利用したいから”。
老いても自分のため・人を喜ばせるため、楽しく仕事したいと思っています。

要介護者にとって、ショッピングや銀行に行くという“少しのお出かけ”ですら、ハードルの高いことだとは知らなかったため驚きました。これから一人暮らしの高齢者が増えていくと思うので、そういった方々に寄り添うサービスはとても重要になっていくと感じました。
また、介護サービスには、“重労働で大変”というイメージが強かったのですが、小笠原さんのお話を聴いて、旅行や日々の生活の楽しみを支えるという切り口から、要介護者を支えていく形もあることを知りました。旅行やショッピングなどの日々の楽しみが、要介護者の元気の源になっていくのだと思います。旅日記のサービスをより多くの方に知ってもらい、利用していただけたらうれしいです。
いぐみんいぐみん永遠の大学生
取材協力:株式会社 旅日記
文章:古舘 凜子(東北大学3年)
写真:佐藤 拓満(東北学院大学4年)
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この記事を書いた人

いぐみん
いぐみん
「いぐする仙台」のマスコットキャラ“いぐみん”
学生記者のみんなの活動を見守ったり、たまにふらっと取材したりするのが仕事。
趣味は寝ることと、学生記者のみんなの記事を読むこと。
永遠の大学生だけど、それなりに荒波も乗り越えてきてるらしいことが、言動の端々からうかがえる。