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水産加工会社がスイーツ開発!震災後の挑戦に触れた

いぐする 仙台 いぐする仙台
312 views 2017.10.19
復興創生インターン-eye-01-01

2017年夏、宮城・岩手・福島の3県にある約50の地元企業や団体に、全国から90人の大学生が集結!復興庁が主催する約1か月間の「復興・創生インターン」に取り組みました。参加した学生の1人が、受入先の宮城県南三陸町の地元企業、株式会社マルアラの経営者にインタビューし、記事を寄稿してくれたので紹介します。
※2018年春の「復興・創生インターン」の参加学生を募集しています。詳細は、特設サイトから!

<寄稿>宇都宮大学4年 小泉晴香さん

マルアラ2-reインターンに参加した目的の1つが「アイディアづくりのコツを盗む」ことだったので、文章化することで受入企業の及川社長の考えを整理し自分に落とし込むため。また、バウムクーヘン誕生の経緯を知らない社員の皆さんに見ていただくことで、自分の仕事により誇りを感じてもらいたいと、インタビュー記事を作成しました。

インタビューを通し、目的であったアイディアづくりのコツを盗む以上に、企業の1商品が地域づくりの一端を担いうるということに気づかされました。社長は町の観光協会の会長ということもあり、常に「南三陸とそこに住む人々にとって有益なことは何か」を考えながら会社経営をしていました。一般企業に対して私がもっていた“利益追求が目的である”というイメージが、良い意味で壊される機会となりました。また被災後、“震災前以上”の地域づくりを行なってきた南三陸の中心的存在である社長からその想いを聞き、南三陸の復興に対する強い意志を改めて感じました。

目の前の仕事にだけ意識を向けるのではなく、それが社会に与えうる影響を意識することによって、私が思い描く社会づくりができると感じました。これはどの業界に入っても言えること。これからずっと心にとめながらキャリア形成をしていきたいと思っています。

なぜ水産加工会社のスイーツがこうも売れるのか

震災から6年の月日を経て今年4月、南三陸町歌津に地域をつなぐ商店街「ハマーレ歌津」がオープンした。
オープンを間近に控えた商店街にただよう甘い香り。なんと、出どころは水産加工でおなじみの、マルアラ株式会社の店舗である。目隠しされた作業場からするスイーツの香りに、驚きの声が漏れた。
その3日後、多くの注目を集めるなか水産加工会社マルアラのバウムクーヘンが誕生する。このインタビュー記事は、マルアラと及川社長のこれまでをまとめるとともに、バウムクーヘン誕生の経緯に迫ったものである。

マルアラ1-re

ベールに包まれた及川社長の想い

創業1974年のマルアラ株式会社(以下、マルアラ)は及川社長の入社当時、生産者として収益を得ていた。しかし、漁師の道を歩むことに興味のなかった及川社長は会社の事業方針を変え、水産加工業を開始する。安定した収益を得られるようになったマルアラは生産業から撤退し、水産加工会社としての新たな道を歩み始めた。

そんな折、東日本大震災が発生する。マルアラも5つ所有していたうち4つの工場が流され、残った工場も床上2メートルの浸水被害にあった。船も海も流されてしまった生産者たちの落胆は大きく、漁業から手を引く者も少なくなかった。及川社長はそんな生産者たち一人一人へ毎日会いに行き、彼らを鼓舞するとともに今後の南三陸について話し合ったという。

震災で多大な被害を受けた南三陸も、6年の歳月を経て見違えるような変化を遂げた。真新しい家々、人でにぎわう商店街、道路工事も着々と進んでいる。
復興の一途をたどっている南三陸であるが、及川社長は完全に復興前の状態に戻ることは不可能だという。実際、水産物の収穫量や水産業従事者数は減少し、若者の人口流出も加速している。

「変わらなければならない」震災を経験した及川社長の心に変化が起きた。以前から地域と共に生きることを意識していた彼だったが、その想いはより強固なものとなった。南三陸という地域、そしてそこに生きる人々を活性化させることが及川社長の新しい軸となる。
そこで生まれたのがWHITE SHIPのバウムクーヘンである。
生地はソフトとハードの2種類あり、輪切りにしたバウムクーヘンにチーズクリームを入れたホワイトシップバウム・チーズインもお土産として高い評価を受けている。水産加工会社が作る高品質のバウムクーヘンのうわさは口コミで瞬く間に広がり、バウムクーヘンを購入するために県外からわざわざ南三陸を訪れる人も多い。

今となってはその人気も定着したマルアラのバウムクーヘンだが、誕生までの経緯は謎に包まれている。なぜスイーツ、なぜバウムクーヘンなのか。及川社長の想いを聞いた。

水産会社がなぜバウムクーヘン?

及川社長

さまざまな理由があります。現在、南三陸出身の子どもたちのほとんどは、大学進学を機にこの地域からは出て行ってしまいます。それは都会にあるものがここにはないから。もちろん南三陸には、東京のような大都市にはない良さがたくさんあります。しかし、その良さに気づく機会がなかなかないのも現状です。だから私は南三陸のような地域にも都会にあるおしゃれな空間、おしゃれなものがあってもいいと思いました。若者に限らず、ここに暮らす人だってそういったものを求めている。そんな想いがあってスイーツを作ろうと決心しました。また、新しいみんなが驚くことをすることで話題にもなりますし、周囲にも新しい見方を与えられる、そんな刺激になれればと思っています。若者にとっては1次産業がメインのこの町で、別な産業の就職先があるのはうれしいことなのではないかと思います。
スイーツの中でもバウムクーヘンを選んだのは、市場が安定しているから。やるからには一時の話題だけになりたくなかった。バウムクーヘンの市場は大変安定していて、すごく流行りはしていないが廃れもしない。またバウムクーヘンは大きな可能性も秘めている。お土産品としてもデパートに置かれているため、外への進出も可能。今後の新商品開発もしやすいシンプルかつ手の加えやすさも、バウムクーヘンを選んだ理由の1つです。


商品開発中、壁に当たった?

及川社長

何度も買ってもらえる味や食感を作り出すこと。甘すぎるとすぐに飽きてしまうし、ほかにはないようなものでなくてはいけません。おいしさは材料のわずかな変化で変わるため、そこはこだわり抜きました。それが終われば、今度は生地を焼く機械を決めなければいけません。バウムクーヘンの味に最も関わるのがこの機械。誰でも簡単に使いこなせるもの、そして私のイメージする味を作り出せる機械選びには多くの時間を要しました。構想から商品が形になるまでは、優に3年を超えています。


マルアラがスイーツを販売し始めて、周囲では大きな反響がありましたよね。それにはどう感じましたか?

及川社長

私はいたずら好きな性格なので、みんなの反応はおもしろかった。マルアラの看板を見て店内に入った人が陳列されたバウムクーヘンを見て驚き、もう一度外に出て看板にマルアラと書かれていることを確かめたのを見たときはしめしめと思いました(笑)今回、バウムクーヘンを販売することは、地域の人だけでなく妻にさえ秘密にしていました。ただし、これも戦略の1つ。オープン前から話題になったことで、ハマーレ歌津オープン初日には、多くのメディアにも取り扱っていただけました。全ての新商品を今回のようなサプライズにしているわけではなく、サプライズが売り上げにいい影響を与えると思ったから、今回はそのような方法をとってみました。


大人気のバウムクーヘン。なぜ売れている?

及川社長

品質の良さ。ソフト、ハード、チーズインの3種類の商品を現在販売していますが、それぞれのおいしさと品質にこだわりを持っています。ダメなものは迷わず捨てる。お客様に最高のバウムクーヘンを楽しんでもらえるように社員にも甘えは許していません。普通、何種類かの商品があれば人気に偏りが出てしまうものですが、私たちの商品にそのようなことはありません。皆さんが選ぶのに困ってしまうほど、3種類どれもがまた買いたくなるおいしさの商品です。


遠方からこのバウムクーヘンを買うためだけに訪れる人もいます。それなのになぜ町外へ進出しない?

及川社長

南三陸、ハマーレ歌津に足を運んでほしいから。東京など新しい場所で販売することも考えますが、扱いを悪くされて大切な商品の価値を下げたくない。遠方の方に買ってもらうとしても、ネット販売でお届けする形がいいかなと思っています。そして私が意識しているのは、自分のことだけを考えないこと。自分の売り上げだけではなく、私たちの商品がハマーレ歌津にあることで多くの方にここへ訪れてもらい、この商店街や地域全体にも関心をもっていただけたらいいなと思っています。


みんながあっと驚く商品を開発した社長ですが、どのようにその力を鍛えた?

及川社長

ずばり経験です。学校で勉強したい気持ちもありましたが、行けませんでした。そんなに勉強が好きでもなかったし、ちょうどよかったかもしれません(笑)これまでマルアラでしてきた経験と色んな場所で学んできたことを、1つ1つ頭の中の引き出しにしまってあります。あとは必要な時に引き出しから取り出すだけ。


商品開発は及川社長おひとりで?

及川社長

水産加工のほうは、商品開発の担当者がいてがんばってくれています。スイーツは私だけですね。水産加工とスイーツ両方だと、負担が大きすぎるので。商品そのものだけでなく、パッケージや店内のインテリアも私が考えています。例えば店舗の外にかかっている看板。現在、枡沢という場所に水産加工を行う工場がありますが、ハマーレにある看板とは全く違うデザインになっています。デパートでも売れる価格帯であるWHITE SHOPのバウムクーヘンを扱っているマルアラと、スーパーで販売する価格帯の商品を製造している枡沢工場のマルアラを、消費者に同じ会社だと思ってほしくない。そんな想いがあって、ハマーレにある看板のデザインを考えました。バウムクーヘンだけでなく、すべてにこだわりをもってやっています。


商品開発をするうえで意識していることは?

及川社長

色んな角度からものごとを見ること。正面だけでなく、横から下から斜めからと視点を変えることで、今までにない新しいアイディアが生まれます。例えばうちのバウムクーヘンを入れている箱。面によって色が違います。この発想はデザイナーの方にも驚いていただきました。また普段からたくさんの商品を見るようにしています。出先では必ずデパートやお土産店と、コンビニやスーパーでその土地の商品を買っています。利用目的が異なる2つの価格帯の商品を買うことで、それぞれの特徴がつかめますし、新しいアイディアの参考にもなっています。
そのほか差別化できること、汎用性の高いもの、市場が確立しているものなど、売り上げをきちんと上げるために意識していることもたくさんあります。やっぱり私も食べていかなければいけないですからね。


水産加工会社でスイーツが誕生した背景には、南三陸を愛する社長の、地域とそこに生きる人々への熱い想いが詰まっていた。マルアラを継いだ当初は、自分の会社をこの地域で一番にしたいという想いで走ってきたという。そんな及川社長はいま、震災を経験し何を思うのか。

及川社長

昔は自分の会社を一番にすることを考えていましたが、震災を機にその考え方は変わりました。自分だけではなく、地域全体に元気になってほしい。若者が外へ出て戻ってこなくなってしまったり、生産者が減ったりしているのは、この地域やここでの仕事に魅力を感じてもらえていないから。だから私は、マルアラで新しいことをやる。そうすることで、マルアラががんばっているから自分もやってみようと思ってもらえたり、次にマルアラはどんなおもしろいことをやってくれるだろうとわくわくしてもらえたりする。それが地域の人々に活力を与え、地域の産業に活力を与えて、水産だけでなく里も山も地域全体にまでイノベーションが起こせるのではないかと思っています。そういった挑戦していくことで、自分自身楽しみをもちながら仕事がしたいですね。次は地域の食材が詰まったこてこての南三陸商品を、バウムクーヘンで開発しようと思っています。地元のものを使うことで人と人がつながり、地域がつながって、またイノベーションの一歩を踏み出せます。自分でもこれからのマルアラと南三陸が楽しみです。


及川社長の息子さんは現在大学4年生。来年から南三陸に戻り、いずれはマルアラを継ぎたいと言っているという。マルアラのイノベーションはまだまだ続く。

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取材協力:及川吉則 社長(マルアラ株式会社)
寄稿:小泉晴香(宇都宮大学4年、復興・創生インターン生)
マルアラ2-re迷ったらやる。やらずに後悔よりやって後悔がモットーの青森出身女子。やろうと決めた時のフットワークの軽さが自慢です。昨年10月からは1年間の休学をし、東京・ウガンダでの活動を経て南三陸へと行き着きました。

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