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故郷の石巻を盛り上げたい!呉服店若旦那が新事業「こけし職人」に挑戦!

高橋夏海 高橋夏海
5,745 views 2015.11.27

林貴俊さん(41)林屋呉服店 若旦那・こけし工房「Tree Tree Ishinomaki」店主

ガタンゴトン、ガタンゴトン。2015年5月より全線開通したJR仙石線に揺られ、仙台駅から約1時間。石巻駅に降り立ちました。強い海風が肌寒く感じられましたが、商店街では地元の人々の往来に温もりを覚えました。今回取材したのは、石巻市中心部に店を構える林屋呉服店の三代目若旦那、林貴俊さん(41)。なんと、林さんはこけし工房「Tree Tree Ishinomaki」の店主でもあります。呉服店若旦那にこけし職人!?林さんとはいったいどんな人なのでしょう。さっそくお話をうかがってきました!

呉服店若旦那とこけし職人の二足のわらじを履く林さん

林屋呉服点の店頭には「石巻ふりそで美術館」ののぼりを掲げ、店内には振袖やかわいらしい小物品などを揃えています。和の趣に溢れた店内からは上品な雰囲気が漂います。林さんは三代目若旦那として、85年続く呉服店の歴史ある看板を守っています。

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呉服業に加えて、今年からこけし職人としての道を歩み始めました。呉服店から徒歩3分の路地にこけし工房「Tree Tree Iashinomaki」をオープン。現在は呉服業以上に「石巻こけし」の制作に力を注いでいます。

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「石巻こけしとは、技術や技法に規定がある『伝統こけし』ではなく、型にとらわれず自由な発想で制作する『創作こけし』の一種です」と林さんは説明します。
絵付けの色は赤・青・白のマリンカラーで石巻の港町をイメージしています。よく見ると、波を表現した模様やお魚、カモメ、ヒトデなどが描かれています。

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材料の木となるミズキを注文し、アメリカから取り寄せた木工旋盤という機械で削り、絵付をして完成させるまで、すべての過程を林さん一人で行っています。
取材では、実際に原木がこけし型になる過程を見学させていただきました。まずは、頭と体のバランスを整えるために、専用の定規を使ってしるしを付けます。それから、6種類の歯形状がある工具「木工バイト」を駆使して、一気に削っていきます。木屑が飛び散り、思わず私は一歩後ろに下がってしまいました。しかし林さんは恐れることなく、真剣なまなざしで回転する型と向き合っていました。

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削った木に林さんオリジナルの絵付けを施せば完成です。

今年の3月から販売を開始したところ、やわらかい表情とカラフルな模様が注目を集め、各メディアから引っ張りだこになりました。インターネットを通して、全国から注目が殺到しています。子どもや女性を中心に、幅広い年齢層から「かわいい!」と人気を呼んでいます。

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既存のこけしにはない、石巻こけしだけの表情、模様を作り上げるまでに試行錯誤を重ねてきました。

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絵付けは曲線を描くのが一番難しいそうです。
「目や眉は特に緊張しますね。これからもっと技術をあげて表現していきたいです」と林さんは語ります。

サラリーマンから呉服店、新事業のこけし職人へと転身。

林さんは県内の4年制大学に通っていました。大学時代はラグビー部に所属し、ラグビーに明け暮れた日々を過ごしていたといいます。卒業後は、仙台と石巻で10年ほど、県や市の臨時職員をしていました。33歳のときに、実家の呉服店を継ごうと決めて石巻に帰ってきました。
その後、2011年の東日本大震災を経験。商店街の観光客の減少を目の当たりにする中で、以前から感じていた「石巻にもっと観光客が集まり、にぎやかになってほしい」という思いが大きくなっていきました。「石巻には食べ物のお土産がたくさんあるけど、いつまでも形として残るお土産もあればいいな」と考えた林さん。

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「そんなとき、山形の伝統工芸品店で偶然、きのこの形をした創作こけしを目にしたんです。このようなオリジナルで愛らしいこけしが石巻を思い出してくれるようなお土産品になればいいな、と思いました」
とはいえ、当時の林さんはこけしについての知識がありませんでした。宮城と山形の「こけし館」や「こけし祭り」に行ったり、こけし工房を訪ねたりして、一から勉強を重ねたといいます。今では一日平均10体を制作するまでに腕を磨きました。これまでに生み出したこけしの数は、実に2000体以上にも上ります。

もっとたくさんの人に石巻こけしを届けたい!

「一緒に石巻こけしを作ってくれる仲間を見つけたい」とこれからについて熱く語ってくれました。
今年3月に販売を開始してから、石巻こけしの人気は右肩上がり。こけし制作に追われ、一人徹夜で工房にこもる日もあるといいます。協力し合える仲間ができれば、今までより多くの石巻こけしが作れるようになる。そうすると、多くの人にこけしを届けることができます。加えて、工房が観光客の目にとまるように、10月に移転したばかりのお店の外装を整えたいと意気込みます。改装に必要な資金については、インターネットを通して不特定多数の人から金銭的支援を受けられるクラウドファンディングの利用も計画しています。
さらに、子どもを対象としたこけしの絵付け体験の機会を設けたいといいます。そう思い立った理由を、石巻市外に住む少女が来店した時の印象的なエピソードとともに話してくれました。その少女の実家は農家で忙しく、なかなか遊びに連れて行ってもらえないでいたといいます。そんなとき、「一か所だけ連れて行ってあげる」と言ったお母さんの言葉に女の子が選んだ場所が「Tree Tree Ishinomaki」だったのです。テレビで見た石巻こけしが忘れられなくて、実物を見に足を運びたかったのだそうです。キラキラした目で興味深そうにこけしを眺める女の子を前にして、「子ども向けの絵付けのワークショップを始めよう」と決心しました。
「自分で顔や模様を描いて絵付けを体験してもらうことで、子どもにとって、こけしが馴染み深いものになってほしいと願っています」
石巻こけしを見に来てくれる観光客が増えれば、石巻がもっと賑わう。生まれ育った故郷が観光客でいっぱいになる日を、林さんは心待ちにしています。

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一つひとつの繋がりを大切に

学生時代からさまざまな経験をして、いろんな人と繋がりを持つことが大切です。僕自身も石巻こけしという新事業設立の経験から実感しています。この「Tree Tree Ishinomaki」を始められたのは、多くの人の支えがあったからです。僕一人なら実現していなかったでしょう。僕は石巻の震災復興の団体、具体的には、「石巻2.0」や、「石巻復興支援ネットワーク」のいくつかの活動に参加協力していました。そのときに知り合った方にこけし事業について相談し、手伝ってもらいながらスタートできました。どこでどんな出会いが待っているかわからないからこそ、一つひとつの出会いを大切にしてほしいです。

「なんでも楽しむこと」と話す林さんの言葉に、はっと気づかされることがありました。私は就職と考えると、できるだけ長く勤められる会社、成長性のある会社を考えてしまいます。けれど、林さんはそんな「会社」にとらわれることなく、自分が楽しんでいるか、自分が納得のいくことをやっているかを重視していました。新しい世界に飛び込んでいく行動力、自分自身と正面から向き合っている姿に勇気づけられました。これから就職活動を控えている私ですが、林さんを取材して「働くこと」の価値観がまた一つ増えたように感じます。これから進路を選択していく上で、私も「自分の仕事に誇りを持てること」を一つの軸として大切にしたいと思いました。

高橋夏海高橋夏海東北福祉大学3年(執筆当時)
文章:高橋夏海(東北福祉大学 3年)
写真:立田祥久(東北大学 4年)
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