身近な大人に聞いてみた はたらくってどういうこと?
ワタシゴト

地域と繋がることで実現できること。誰もが気軽に立ち寄れてほっと一息つける床屋を目指して

高橋夏海 高橋夏海
1,111 views 2015.09.29

八木均さん(50) HitCut

仙台市地下鉄愛宕橋駅から徒歩1分。若林区土樋にHitCutはあります。黒い屋根に白いシャープな文字、そしてはさみのマークが目印です。昨年、隣にあったビルの2階から移転したばかり。ピカピカの新しいお店のドアを開けるとワイシャツにスラックス姿がさわやかな店主八木均さんがお出迎えしてくれます。お店は八木さんと奥さんの二人で経営しています。中に入ると白い壁の明るい空間。所々に観葉植物が置かれ、スローテンポな洋楽が流れています。

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オリジナルなヘアスタイルを考案してお客さんの満足を追求する

「地域ごとにオリジナルなヘアスタイルがあったら面白いのではないかと考えているんです」と話す八木さんは「仙台刈り」を考案した一人です。
仙台刈りとは、仙台藩祖伊達政宗公の兜をイメージした新しいヘアスタイルです。特徴は3つ。兜の前立ての三日月形にならって左右非対称にした前髪、サイドの刈り上げ、後頭部には東日本大震災に打ち勝つ願いを込め「ビクトリー」のV字形を浮かび上がらせているところです。
「仙台刈りが話題になって、ご当地カットがそれに続いてくれれば」と願う八木さんのお店に県北から約1時間以上かけて来てくれた親子がいたそう。「父親と息子の二人で来て、『いつもは美容師のお母さんが切ってくれるの』とためらいながらも教えてくれたんです」と言います。テレビで仙台刈りを知ってこんな髪形になりたいと思ってきてくれた親子は「切り終わるとサイドが刈りあがった自分の髪型を左右交互鏡に映す姿が印象的でした。仙台刈りを求めてわざわざ遠いところから来てくれて、とても感動しました」。
「ご当地カットがあれば、お客さんの要望の髪型にさらに近づけることもできる」と八木さんは言います。「特に男性が髪を切るときに、『髪型の説明をするのが面倒!』という方も多いんです。地域ごとにカットがあれば、細かい説明をしなくても伝わりやすいです」。

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この仕事をしていて一番嬉しいと感じるのは一度来てくれたお客さんがまたお店に来てくれたとき。「お客さんが本当に満足してくれているかどうかは、正直切り終わった直後はわかりません。でも、次もまたうちを選んでくれたら、満足しているという何よりの証拠。そのときに心の中で『やった!』って嬉しくなりますね」。

地域の支えのもと仙台刈りのギネス記録に挑戦!

「仙台刈りでギネスに挑戦できたのは、地域のみんなのおかげです。地域に繋がっているからこそ実現できることがあるんです」。商店街のお祭りやイベントには毎回必ず参加してきた八木さん。ギネスに挑戦するために莫大な資金が必要になったときも、八木さんに対する信頼と熱意を買って地元の商店街の組合、愛宕商栄会が力強いサポートをしてくれました。
2011年に起きた大震災で気仙沼に住んでいる、友人の理容師がお店も自宅も津波で失ってしまいました。被災した人たちをどうにかして応援したい、勇気づけたいと強く思ったそうです。理容師である自分に何ができるかを考え、仙台刈りのイベントを思いつきました。2014年、八木さんを筆頭としてプロジェクトを立ち上げ、仙台刈りでギネス記録に挑戦することになりました。目標は仙台刈りの髪をセットする400名の理美容師と、仙台刈りを施した400名の公募モデルの計800名が結集すること。ギネス挑戦のイベントはテレビやラジオのメディアに取り上げられ話題になったものの、当日は理美容師186名、公募モデル186名の参加で、残念ながら目標には達しませんでした。「でも、地域の方やメディアによって遠くの方にも仙台刈りの存在を知ってもらうことができました。テレビで仙台刈りを知っていただいて遠方から実際に来てくれた親子や学生もいたんです」。

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地域のお祭りの演目として披露する子供太鼓を、毎年春から夏にかけて毎週教室を開いています。「もともと私は子供の頃から和太鼓をやっていました。地域の子供達には地元のお祭りに参加することで、大人になってここから離れても、故郷を思い出してもらえるような記憶を持ってもらいたいと考えています」という八木さん。「教えている子どもやその親御さんがお客さんとしてお店に来てくれるときは大変嬉しいことですね。地域と繋がっていることで良い循環が生まれていると実感しています」と話してくれました。

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自分の軸と誇りを持って仕事をすること

「仕事をするとき、自分の軸をしっかり決めておくことが大切だと思っています」。八木さんの軸は時間と料金。「例えば、うちはお客さんとお話するのもひとつの大切なサービスだと考えています。カットもお客さんとの会話も手を抜きません」。仙台刈りに欠かせないバリカンは、頭に刃ものを当てるため子どもはもちろん大人でも、安全だとわかってはいても怖がる方もいるそうです。作業が雑になってお客さんに怖い思いをさせないように、カットのコースは1時間かけて行っています。「HitCutではお客さんにゆっくりとした時間を過ごしてほしいです」と八木さんは話します。「これからも流行に簡単には流されず、お店の方向性を考えていきたいです」と力強い表情で話してくれました。

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今後の理容業界について八木さんは、「これからは私たちがどんどん盛り上げていきたい」と意気込みを語ります。「もっと若い世代の人にも来てもらいたいです」。「僕の中では美容室はフランスやイタリア料理屋さんように、オシャレな服を着て彼女とデートで行くような感覚。理容室はもっと気軽で、ふらっと立ち寄れて、ほっと一息つける定食屋さんのような場所でありたいと思っています。実家のお父さんや親戚のおじさんに人生相談するような気分で来店していただければ」と笑顔で話してくれました。

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地域の人と深く長く関わる個人商店だからこそ得られるものがある

個人商店として家族でお店を経営することの良さを知ってもらいたいです。企業に勤めると、転勤などがあり、ずっとその土地で暮らすのは難しいかもしれません。人と人との繋がりもどうしても薄くなってしまうように感じます。深く付き合うなんて今は流行らないのかもしれない。でも、どこかに腰を下ろして商売をする方が僕は好きです。一生ここで根を張るとなると、地域との繋がりが自然と濃くなります。自分が困ったときは地域の人が助けてくれたり、誰かが困ったときは自分にできることで応援したり。相互の助け合いの中で人のあたたかさを感じています。

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八木さんは行動力のある人だと感じました。なぜ自分のお店を休んでまで地域のお祭りに参加するのだろうか。初めてのギネス記録に挑戦するのに不安はなかったのだろうか。私だったらなかなか勇気が出ず、躊躇してしまいそう。失敗を恐れず、飛び込んでいく八木さんがとてもかっこよく見えました。生活の中では、分からないことや初めてのこと、不安になることはたくさんあります。そんなとき、私はいつも、できない自分を知るのが怖くて、問題から逃げていました。しかし、八木さんの姿を見てこれからは、失敗を恐れず問題に立ち向かいたいです。できない自分を受け入れ、ときには周囲の人の力を借りることも大切だと学びました。八木さんのように一歩踏み出す勇気を持ち、前に進んでいける強い自分でありたいと思いました。
高橋夏海高橋夏海東北福祉大学3年(執筆当時)
文章:高橋夏海(東北福祉大学3年)
写真:小幡竜一(東北工業大学4年)
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