【ボイラー整備業】ボイラーのことなら何でもこい!「東日本ボイラ」
2014年3月に一般社団法人ワカツクと河北新報が主催した記者インターンシッププログラム「記者と駆けるインターン」。参加学生が班ごとに取材した記事を紹介します!
陰から支える私たちの暮らし
ゴォー。
塩釜市にある飼料工場のボイラー室に重低音が響く。
天井に配管が縦横無尽に走る10畳ほどの空間に、自動販売機大のボイラーが3台並ぶ。
飼料の乾燥工程に熱は欠かせない。
年間約5000トンもの商品を生み出す要がボイラーだ。
燃焼音に耳を澄まし、配管のつなぎ目から蒸気の漏れがないかを確かめる。
仙台市宮城野区にある「東日本ボイラ」取締役の菊池忍さん(37)は、工場心臓部の安定稼働に努める。
▲ボイラーに上がり配管を整備する菊池さん=塩釜市の「日本農産」
1972年創業、取引先は約100件。
北は青森から南は鹿児島まで足を運び、据え付けと整備、修理を担う。
ボイラーは燃料を燃やし、温水や蒸気を生み出す。
レトルト食品工場の煮込み工程、クリーニング店のアイロンスチーム、病院の手術器具の滅菌…。
ボイラーは現代社会の多様な現場で活躍している。
東日本大震災発生後、顧客からのSOSが相次いだ。
最初の現場は、太白区長町にある公衆浴場「鶴の湯」。
いち早く駆けつけ、営業再開を後押しした。
ライフラインが途絶えた街で、身も心も震えていた被災者にぬくもりと安堵を届けた。
行くことさえ困難な現場もあった。
津波に押し流された家屋や電柱、ひび割れた道路、中には遺体をよけながら進まざるを得ない道もあった。
それでも向かったのは「自分たちにできるのはボイラーを直し、世の中を回す一助になること」。
その一念だった。
社会の重責を担うボイラーだが、存在は華やかではない。
工場の片隅、ビルの地下室。
一般の人の目に触れない、陰の存在だ。
「でもね、取引先の製品を見るとうれしいね」
菊池さんは目を細める。
震災から3年。
被災地では工場が再起し、新設も相次ぐ。
復興の歩みの真っただ中にボイラー屋はいる。
掲げる目標は「100年続く会社」にすること。
「ボイラーのことなら何でもこい」と、自社の技術と担う使命に迷いはない。
工具を手に今日も、ボイラー室の扉を開く。
小幡竜一(東北工業大3年)
後藤結有(茨城大3年)
鈴木あゆみ(宮城大3年)
この記事を書いた人
- 一般社団法人ワカツクと河北新報社が主催するインターンシッププログラム「記者と駆けるインターン」。学生たちがチームを組んで、仙台の中小企業や団体を取材した記事を紹介します。ときに励まし合い、ときにぶつかりながら、チームで協力して取り組んだ“軌跡”をお楽しみに♪
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