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「株式会社ささ圭」新たな閖上へ一歩

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298 views 2019.01.24

2018年8月から9月にかけて、河北新報社と一般社団法人ワカツクが主催した、記者インターンシッププログラム「記者と駆けるインターン」。参加学生が執筆した記事を紹介します!

新たな閖上へ一歩

ひとつひとつ型に入れて笹の形を作り、焼き上げる。全国でも珍しい手づくりかまぼこ「希望」。東日本大震災の津波で大きな被害を受けた、名取市のかまぼこ店「株式会社ささ圭」の看板商品だ。創業当時の味と技術を受け継いでいる。丹精込めて作られたかまぼこを口に含むと、素材本来の優しい味わいが広がる。「おいしい」の声に顔を綻ばせるのは、ささ圭の3代目、佐々木堯さん(27)。
「学年が上がるように、父の後を継ぐのは当たり前」。そんな考え方が変わったのは、東日本大震災。当時は東京の大学に通う1年生だった。街頭のテレビに流れる津波の映像。映っていたのは紛れもなく故郷・閖上だった。実家、工場、店舗。「もう駄目だと思った」。

震災から1か月後。やっとの思いで閖上に帰ると、家業は廃業寸前だった。生活することで精一杯の現状の中、父は「会社を存続する」と決断した。幼い頃からずっと父の働く姿を見てきた。不安は大きかったが、父のことを信頼し、反対の言葉は口にしなかった。
それからは、学生として学ぶ傍ら、家業を手伝った。店を訪れた閖上の人の「再開してくれてありがとう」の言葉が胸に響く。閖上の人たちは待ってくれていた。「このままじゃ終われない」。当たり前だった継ぐ意識が、自らの意思へと変わっていった。

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震災から2年経った、大学3年の冬。「継がせてください!」両親に告げた。「大変な時だからこそ、社員と一緒に働きたい」。先の見えない経営状態と重くのしかかる責任。それでも決意は揺らがなかった。

「閖上に生かされた。閖上に店を出すのは目標であり、出発点」。2019年5月、閖上に新たにできる商業施設に店を出す。閖上に戻れる安心感と、見通しのたたない不安が胸の中に同居する。
「ささ圭は、同じ気持ちを抱えて戻ってきてくれる閖上の人たちに寄り添える存在になりたい」。そこには強い信念があった。「新しい閖上で再出発し、共に成長していきたい」。震災から8年近く。新たな一歩を歩み出そうとしている。

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取材後記

私にとって、名取市はとても身近な存在でした。震災当時の話を聞いて、私と住んでいる距離が近いのに、全く異なる被災体験をしていた事にとても驚きました。と同時に、私も被災者とはいえ、全く東日本大震災について知っていなかったのだなと痛感しました。
震災から8年近く経った今、ようやくスタートラインに立てると仰っていたのがとても印象的でした。8年近くという年月は決して短いものではありません。震災が与えた影響の大きさと、今もなお震災と闘っている人たちはたくさんいるのだと、肌で感じることができました。色々な策を講じ、頑張っている話を聞き、勇気がもらえました。そして、それを何とかして読者に伝えたいと思いました。
かと言って、文字数が限られているため、伝えられることは限られてきます。もどかしい気持ちと葛藤しながら、「いかに短くわかりやすく、情報を届けられるか」ということを考え、記事を執筆しました。私は、このインターンを通して「取材」というものは、ただお話を聞くだけではないと気づきました。話していくうちに打ち解けて、表情が柔らかくなったり、さまざまなことを話してくれたりしました。これは「人との繋がり」であり、その時間は貴重な体験でした。これからも、人との繋がりを増やして行けたら良いなと思っています。

取材協力

株式会社ささ圭

文・写真

河北新報社インターンシップ18期C班 
東北学院大学2年 波多野 里南(2018年9月当時)

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この記事を書いた人

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一般社団法人ワカツクと河北新報社が主催するインターンシッププログラム「記者と駆けるインターン」。学生たちがチームを組んで、仙台の中小企業や団体を取材した記事を紹介します。ときに励まし合い、ときにぶつかりながら、チームで協力して取り組んだ“軌跡”をお楽しみに♪