テラス

釜石に恩返ししたい「KAMAROQ」中村博充さん

澤畑 学 澤畑学
271 views 2015.12.18

12月4日の「いぐするテラス」は、KAMAROQ(カマロク)株式会社の代表取締役社長、中村博充さんにお話を伺いました。

KAMAROQは岩手県釜石市で今年7月に設立されたばかりの会社。釜石の企業6社が共同で開発した商品「海まん」を広く売り出すべく、販売や商品の広報を行っています。

雨も降り気温も冷え込む中でしたが、会場のファイブブリッジ「ごくり」には、地域での仕事や東北で活躍する社会人について知りたい!と、東北大学や東北学院大学、宮城学院女子大学などから学生5人が集まり、熱気ある雰囲気になりました。

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岩手県釜石市は、岩手県南部、三陸沿岸に位置する人口3万6千人ほどの街。仙台からは新幹線と電車を乗り継いで3時間ほどの距離にあります。

日本で初めて洋式高炉が置かれ、「製鉄の街」として知られています。最盛期には人口が9万人近くいましたが、現在はその半分以下に減少。追い打ちをかけるように、東日本大震災で大きな被害を受けました。

そんな釜石の街に中村さんがやってきたのは2013年、社会人5年目の年でした。

大阪府出身の中村さん、大学時代は兵庫県の大学で電気工学を学び、卒業後は半導体や電子機器の輸入販売を行う商社へ就職しました。

海外を相手に仕事をする中で、今まで知らなかったものを知れることの楽しさ、環境の違うところへ飛び込むことのおもしろみを感じたそうです。

仕事のほかにも、異業種交流会に参加してみたり、さらにそれだけでは飽き足らず、自分で仲間を募って勉強会を主催してみたり。そこで、社会には多様な生き方や働き方があることを学んだといいます。

そんな中村さんに、ある日、友人から「釜援隊」の話が舞い込んできます。

復興支援員「釜援隊」への転身

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「釜援隊」とは岩手県釜石市で活動する、復興支援員のこと。

震災後、復旧・復興や新しいまちづくりなど、やらなければいけないことが急速に増え、釜石市の予算は震災前の6倍に増えました。しかしこれらの仕事をこなす職員の数は、震災前と比べても2割しか増えていません。圧倒的に人手が足りない中で、行政と住民、地域と外部など、まちづくりの中に存在する様々なものの「“間(はざま)”をつなぐ」存在として、釜援隊の活動が行われています。

今までやってきたプロジェクトマネジメントの知識を生かせる、また復興という範囲で広く様々な仕事を学べるのではないか、そんな期待から、中村さんは商社での仕事を辞め、釜石にやってきました。

中村さんの釜援隊としての仕事は、釜援隊全体の活動のマネジメント。それぞれの支援員の活動範囲を決めたり、新しい支援員の募集を行ったりすることが主な業務でした。
しかし、せっかく釜石に来たからには自分も地域の人と関わらなければ意味がない!と、業務の合間で地域のお祭りを復活させるためのお手伝いをしたり、まちづくりの会議のファシリテーターを務めたりといった活動を行っていきます。

そして、地域の人や企業と交流を深めていく中で、「釜石六次化研究会」という組織との出会いが訪れました。

地域の資源を活かした新商品開発を!

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「釜石六次化研究会」は地元の水産加工業者や酒造業者など5社が連携して、地域の資源を活かした新しい商品開発をしようと発足したグループでした。

釜石は三陸の豊かな海を抱えるなど、一次産業が盛んです。しかしこれまでは魚を獲っても釜石では簡単な加工をするだけで、商品にするための最終的な加工や販売などは市外・県外の業者に任せきりでした。これでは安い価格でしか出荷できず、儲けにはなかなかつながりません。最終的な加工や販売まで地元の企業でできれば、その分の雇用や売上が地元に生まれ、地域の産業の活性化につながると、地域の企業が連携して商品の開発から生産、販売に挑戦しようとしていたのでした。

しかし、どの企業も自社の事業で忙しく、なかなか新商品の開発まで十分に時間をとることができません。また、新商品といっても何をつくればいい?というところからのスタートでした。

中村さんは、必要な資料を用意して会議を開き、議事録をとる、開発に必要な資金を調達したり、外部からアドバイスをもらえるパートナーを見つけてきたりするなど、新商品開発プロジェクトが円滑に進むための下支えを続けました。

その結果、釜石の海産物を活かした中華まん「釜石 海まん」をつくろう、というアイディアが固まり、実際に販売ができるところまでこぎつけました。

そして事業として走り出すメドが立った2015年7月、プロジェクトに関わった企業などが合同でKAMAROQ株式会社を設立。プロジェクトでの貢献が認められて中村さんが社長に就任しました。

11月には商品のお披露目会を行い、東京の大手百貨店での試験販売も無事に終え、本格的な販売への準備が進んでいます。

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「釜石に恩返しがしたかった」

「社長就任のオファーを受けた理由は?」との質問に、「釜石に恩返しがしたかったから」と語った中村さん。

地元の人にいろいろ教えてもらった感謝と同時に、支援員として関わった人が、支援員の任期後も地域でやりたい仕事ができるモデルケースを創りたかったといいます。

各地に現在500人いるという復興支援員の中には、関わった地域で引き続き仕事を続けたいという想いを持ちつつも、自分がやりたいような仕事がないという理由で、やむなくその地域を離れる人も多いそうです。

そのまま元いた地域に帰ってしまうのではなく、プレーヤーとして関わった人たちと同じ目線で仕事をする。そんな働き方を実現するために、まずは自分がもう一歩踏み込んでみよう、リスクをとってみよう、と考えて、社長になることを決めました。

KAMAROQと中村さんの今後は?

「まずは海まんが売れないと!そのためにいろいろなところで売れるよう、販路開拓をしていきます」と中村さん。

しかし、いろいろなところで売れるようにするといっても、コンビニなどに置いて安い値段で誰でも買えるようにする、ということとは少し違うといいます。

地域の企業がビジネスとして続けていくことができるよう、企業に適切な利益が残るような値段で売る。その想いに共感して、継続的に売り続けてくれる売り先や、多少高い値段でも買ってくれるようなファンをつくらないといけない。

そのために、「どこに価値をおいて、何をPRするのか、どうやって商品のブランディングをしていくかが今後の課題です」と語ってくれました。

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取材を終えて

海まんは、3個で1,000円という、中華まんとしては高めの価格で販売されています。
イベント終了後、「確かにビジネスとして存続していくためには、ある程度高い値段で売ることも必要だけれど、あまり高い値段で売ると地元の人にとって手が届かない商品になってしまうのでは?」と中村さんに直接質問をぶつけてみました。すると、こんな答えが返ってきました。

「確かに地元では高いと言われることもあります。でも今では応援してくれる人もだいぶ増えてきたので、手ごたえは感じています。たくさん売りたいからといって安易に値下げするようなことは考えていませんが、たとえば、釜石ですぐ食べるように売るお店では、輸送費など中間に入るコストが下がる分、少し安くして売ったりしてもいいですよね。市外の人も釜石まで来て食べてもらえれば、うち以外にもいろいろなところにお金を落としてくれるでしょうから」。

ビジネスとして成功することと、地域に愛される会社、商品になること。2つをうまく両立していくことはなかなか難しい中で、それでも両方を追い求めようという、中村さんの決意を強く感じました。

今後はこういった事業を継続的に行い続ける担い手の育成にも取り組みたいという中村さん。春休みには一緒に「海まん」のマーケティングに取り組むインターン生も受け入れ、この取り組みをさらに広げていく構想も練っているそうです。

「地域の魅力を最大限引き出し、広げる」仕事が、まさにここにある。これからのKAMAROQと中村さんの未来がとても楽しみになった90分でした。

写真・文:一般社団法人ワカツク 澤畑 学

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