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伝統を継承しつつ、創造する中で見つけたやりがい。宮城最古の酒蔵を支える情熱

多田 明日翔 多田 明日翔
1,458 views 2015.11.13

内ケ﨑 啓さん (27) 内ケ崎酒造店

大学時代は農学部で微生物の研究を行い、その後は跡取りとして、内ケ崎酒造店で家業を継ぐことを決意した内ケ﨑さん。出羽桜酒造(山形県)で2年間、酒造りのいろはを学んで2012年に内ケ崎酒造店へ戻ってきました。今回の取材では酒蔵を訪ね、酒造りの現場も見学させてもらいました!

おいしい日本酒を届けるため、試行錯誤の毎日

富谷町に蔵を構える「内ケ崎酒造店」。奥州街道の宿場町をルーツとしており、1661年から続く、宮城県内に現存する中では最古の酒蔵です。そんな由緒ある蔵の伝統を継ぐべく、内ケ﨑さんは酒造りから営業まで一手に担い、奔走しています。

現在の蔵は150年以上前に建て替えられた木造のもの。梁に使われている年季の入った大木から、長年この蔵を支えてきた風格が感じられます。蔵の内部には米を蒸すための大きな鉄釜も設置されています。「最近はアルミやステンレス製の釜を使う蔵も増えている中で、いまでも鉄製の釜を使っているのは珍しいですね。先代が築いてきた歴史の重みを実感する毎日です」

内ケ崎酒造店の酒造りは、毎年10月から3月にかけて行われます。取材に伺ったのは、なんと今年最初の酒造りの日。麹をつくる作業場には、上半身裸で蒸米と麹菌を混ぜる内ケ﨑さんの姿がありました。日本酒造りは繊細な作業です。見た目、温度、触感で米の状態を見極めながら、進めなければなりません。32℃に保たれた麹室の中、米を混ぜ続ける内ケ﨑さんの全身からは大量の汗が吹き出します。「こうやって、一生懸命努力を重ねてできるのが日本酒なんです。それをおいしいと言ってもらえる瞬間が何よりもうれしいです」とやりがいを語ります。「酒造りシーズンは、理想の味に近づけるために試行錯誤の毎日。今は、とにかく満足してもらえる日本酒をつくることが目標です」。

進化を続ける「伝統」

もともと跡取りだったということもあり、大学卒業後すぐ酒造りの世界に入ることに違和感はなかったという内ケ﨑さん。はじめて大きな壁にぶつかったのは山形県、出羽桜酒造で酒造りを一から学ぶ武者修行に出ている時でした。「酒造りはとにかく体力勝負。朝5時から作業を始めることもあれば、酒瓶が入ったケースをいくつも手で運ばなきゃいけない時もある。きついと感じることばかりでした」。ですが、と続けます。「大変なのはどんな仕事でも一緒。それなら、自分が全力を懸けた結果、やりがいを感じるものを仕事にしようと思いました。やはり、内ケ崎酒造店の伝統を守ることが、自分にとって一番やりがいを感じる仕事です」。出羽桜酒造での修行を終え、家業を継ぐことを改めて決心した内ケ﨑さん。内ケ崎酒造店に戻ってきてからも、30以上の酒蔵へ見学に行き、勉強を続けています。

現在、内ケ﨑さんは科学的な手法を用いた酒造りにも挑戦しています。背景にあるのは、日本酒業界の衰退の危機です。1980年には2400あった酒蔵が今では1200にまで半減したといいます。
「担い手が減る中で、職人の感覚に頼ってばかりいては日本酒の品質を保つことが困難になってきています。そこで、酒造りに特化した機械の導入や、科学的データの活用で、安定的に高品質の日本酒を醸せるように工夫しています」と語る内ケ﨑さんの前には、蒸米と麹をかき混ぜるための大きな機械。徐々に普及が進む酒造り専用の機械を果敢に取り入れています。

日本酒成分の分析室では、アルコール濃度だけではなく、細かな風味を左右するグルコースやアミノ酸なども測定しています。杜氏にしか分からないわずかな差異をデータ化すべく、農学部時代に培った科学の知識を活かしています。
「これからの日本酒業界を盛り上げるためには、何より日本酒を楽しんでもらう機会を提供することが必要です」と内ケ﨑さんは力説します。内ケ崎酒造店は若い世代へのアプローチにも力を入れています。今年は、日本酒を酌み交わす機会を男女の出会いの場にしてもらおうと宮城県酒造組合が企画した「宮城の酒コン」に出品したり、9月に青葉区錦町公園で宮城県内の複数の日本酒を試飲できるスペースを設けた「純米酒バー」へ出店したりしました。
他社とも一丸となって日本酒業界を盛り上げようと努力を続ける中で、国内の若い女性や海外を中心に、日本酒消費量が増加するという成果も出始めています。

真剣に向き合い続けることで、ブランドが育つ

内ケ崎酒造店の代表ブランド「鳳陽」。まずは、このブランドを大事に、もっとおいしいものに育て上げるということが内ケ﨑さんのこだわりです。他県の日本酒と飲み比べて味の研究をする日もあれば、酒販店や飲食店に飛び込み営業に行く日も。酒造りが本格化するこれからは、3月まで毎朝5時には作業を始める生活です。それでも「営業や広報だって、まだまだ勉強することばかり。そのうち経営のことも考えなきゃなりませんね」と将来を見据え、意欲は尽きません。

「どんなに大変な場面が続こうと、お客さんの『おいしい』という声が聞こえる限り酒造りを追求し続けます」。仕事に本気で向き合う中で見えてきた、やりがい。伝統を継ぐ若き情熱家は、これからもおいしい酒造りに全力を注ぎ続けます。

【シゴト道具】

法被
内ケ崎酒造店オリジナルの法被。主力ブランド鳳陽の名前入り。イベントでの着用は欠かせない。

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本気で向き合い、仕事の魅力を見つけよう!

酒造りのような昔から続く仕事も、新しい仕事も、大変だと感じる瞬間があるのは一緒だと思っています。それでも、お金以上の魅力を感じられる仕事を選べば、大変な場面を乗り越えた先に見える喜びを、やりがいに繋げることができると思います。私自身、仕事に本気で向き合い続ける中で新たに発見できたやりがいがたくさんあります。大変な作業を経て完成した日本酒。おいしくできていた時は感動もひとしおです。苦しい場面も投げ出さず、本気で向き合い続けてほしいと思います。

内ケ﨑さんの仕事ぶりを拝見して、まずはその視野の広さに衝撃を受けました。商品の味づくりから販売戦略まで、担当する範囲が広いほど重圧も大きくなると思います。しかし、どの仕事に対しても大変さを前向きに捉え、やりがいを見出す姿には酒造りへの愛が感じられました。この仕事への姿勢は、どんな業界のどんな仕事でも共通します。真剣に向き合い続ける中で発見できるやりがい。苦しい場面でも諦めずに見つけていきたいと感じました。
多田 明日翔多田 明日翔東北大学(執筆当時)
文章:多田明日翔(東北大学 修士2年)
写真:立田 祥久(東北大学 4年)
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