人と時をつなぐ架け橋に
「人は物書きになることで人と時の橋渡しをしている」。色気話を交えるものの、自費出版へのこだわりを語る姿は、いやらしさを感じさせない。創栄出版社長の新出安政(しんで・やすまさ)さん(71)は創業から41年、激動の時代を生き抜いた1万人の思いをカタチにしてきた。思いや体験がつづられた3100冊の生きた証は今日もどこかで読まれ続けている。
「戦争でも震災でも、時間とともに忘れ去られてしまう」「伝え続けることが自分にできること」。幼いころ耳にした悲惨な戦争の記憶が自費出版の原点になった。震災から約半年を経て「東日本大震災99人の声『あの日のわたし』」を出版した。
日本中から震災体験手記を募った。苦悩の末、99話を厳選し、「100人目はあなたに語り継いでほしい」とするメッセージを込めている。「残さなくてはという使命感に駆られた」。被災者の声をどこの出版社よりも早く伝えたことは、新出さんの誇りである。
「誰でも出版できる環境をつくる」。たとえ赤字になっても、市民の声を歴史の1ページに残すため自費出版業を生きがいにした。
創栄出版から出版された3100種、7000冊に囲まれながら話す社長の新出安政さん=仙台市若林区五橋、社内併設の「あゆみの図書館」
「自分の半生が人々の共感を生む。それがただただうれしかった」。仙台市内の主婦斎藤康子さん(79)は、当時1歳の次男を事故で亡くしたのを機に文章に心境をつづりはじめた。「喪失の思いを文字におこすことで傷を癒した」と当時を振り返る。
ちょうど2年前、夫の死を悼んだ文が偶然新出さんの目に触れた。慈愛を感じさせる文章に共感し、新出さんは自費出版するよう懇願した。「一夫人だから書けるその文を世に届けたい」。昨年、次男の死以来書きためた文章を47編に厳選し『さんさ時雨』を出版した。
新出さんは自費出版を「自分のために自分を見つめること」と一言で表す。本になった時、読み手はひとつひとつの生きる姿に自らを重ね合わせる。共感されたり、否定されたり、反応はざまざまであるものの、書き手は読み手の反応をもって自らを客観的にみることへつながる。
震災から2年6か月が経った今。仙台市内中心部と沿岸部の復旧復興の格差が浮き彫りになっている。「書き手の必死に生きる姿を感じることで価値判断の材料にしてほしい」。震災直後、日本中がひとつになった。書き手と読み手が同じ市民だからできる共感がある。
その瞬間を忘れないために新出さんは人と時をつなぐ架け橋を担っている。