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「コミィ株式会社」柿沼清孝さん【いぐするテラス】

菅野雄哉 菅野雄哉
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縁もなかった仙台で起業

2月13日のいぐするテラスのゲストは、コミィ株式会社代表取締役の柿沼清孝さんです。
就職活動を控えた大学生や社会人など10名が参加しました。

コミィ株式会社は、漫画投稿サイトの運営などを行っている2010年に設立した会社です。社長の柿沼さんは埼玉県の出身で宮城県には縁がなく、起業するまでプログラミングすら学んだことがなかった、と言います。どんな経緯があって仙台で起業したのか、どんな苦労があったのか、をお話してくれました。

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「すべてを自分でやってみたい」が起業の動機

terrace_eye-コミィkakinuma_9学生時代から「起業したい」と思っていましたが、大学卒業後の2005年、大手の証券会社に営業職として入社しました。いずれ起業する為にも、経済に詳しくなりたい、という考えからでした。しかし思ったように経済の知識は増えませんでした。その上、同じ営業の仕事が長年続くこと、仕事の幅も限定されることを予想して、つまらなさを感じ始めてしまいました。
証券会社に就職してから2年後、設立間もないITベンチャー企業に転職しました。当時ITは最先端の分野で、新しい事業に接しやすいと考えたためです。私の担当は広告の営業でしたが、社員数50人の会社だったので、人事やウェブサイトの運営にも携われ、仕事の幅が広くやりがいを感じました。ところが会社が成長して社員が増えていくと、仕事の幅は徐々に狭くなり、またつまらないと感じるようになってしまいました。
大企業からベンチャー企業への転職を経験したことで、小さな会社ほど、関われる仕事の幅が広いと気づきました。私の親は自営業だったので、親の背中を見て、すべての仕事を自分で行う職業に憧れも持っていました。またIT企業が今と比べて少ない時期だったので、イノベーションを起こしやすいのでは、と考えていました。そこでIT業界での起業を決意しました。
事業計画書を作っているときに、宮城県の助成金を見つけました。「宮城県で株式会社を作ること」が条件だったので、仙台に移住しました。そして2010年に、ウェブサービスの運営を行うIT企業、「コミィ株式会社」を設立しました。
会社を立ち上げ、自社メディアをリリースしたものの、ユーザーが集まらず収益が得られませんでした。数百万円あった資金は数十万円まで減ってしまいました。助成金が入るのはまだ先のこと、ITの知識が不十分で、新たな商品を外注する余裕もなく、正に背水の陣でした。とにかく稼ぎたいという思いでいっぱいでした。

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terrace_eye-コミィkakinuma_9そこで一度も学んだことが無いプログラミングの勉強を始めました。プログラミング言語の違いすら分からないような、ゼロからのスタートでした。家にこもって、寝るとき以外はプログラミングの勉強をする毎日です。最初の2か月は、いくら勉強しても分からないままで、苦しい日々を過ごしました。しかし3か月経ったころから急にできるようになり、4か月経つと、自力でウェブページを作れるまでになりました。正に、努力で限界を突破した体験でした。
プログラミングが出来るようになると、営業を始めました。仙台には頼れる知り合いがいなかったため、企業の「お問い合わせフォーム」を利用したり、IT企業のコミュニティに入ったりして、200社近くに営業をしました。ITの需要が高まっていた時期だったこと、仙台のエンジニアの単価が東京と比べて低かったおかげで、20社に1件は仕事が貰えるようになりました。
現在は営業職とデザイナーを含む7名の従業員を抱え、ウェブサイトの運営だけでなく、エンジニアを派遣するサービスも行っています。私自身は営業からプログラミングによる商品の開発まで、一通り出来ますが、今は営業に徹しています。会社勤めの経験があってか、営業が得意だからです。卓越した分野を自分の売りにして、経営をしていきたいと思っています。

取材を終えて:「努力を怠るのは甘え」

kannnoYuya柿沼さんは、「物事には、努力で成し遂げられることと、運と才能が必要なことがある」と言いました。運が必要なこととそうでないことを選別し、「努力で解決できることは今すぐ始めてほしい」と力を込めました。努力をするにもフットワークの軽さが必要で、「時間が無い」、「お金が無い」と言い訳するのは甘えであると説きます。柿沼さんは自身のプログラミングの勉強を例にして、「人が寝ている間にも勉強したからこそ、プログラミングを習得できた」と教えてくれました。そして努力をすれば、運をつかむことが出来て、運が必要な場面でも勝負できるようになる、と付け加えました。
柿沼さんは、社員が努力を怠ると厳しく叱るときがある、と言います。努力の大切さを知っているからこそなのだと思いました。
私はこの話を聞いて、自分の欠点に気づかされました。私は学業で良い結果が残せなかったときに、いつも「時間が無かったから」と言い訳をして逃げていたからです。確かに、努力で解決できることをやらずにいるのは勿体ないと、反省しました。柿沼さんのお話は、行動を改める良いきっかけになりました。

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取材協力:コミィ株式会社 
文章:菅野 雄哉(東北大学2年)
写真:安部 静香(いぐする仙台)

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菅野雄哉
菅野雄哉
東北大学