日常の中で感じた思いを投影し、自分が満足する絵を描き続ける。
中川和寿さん(32歳) 絵描き
大好きな「絵」を仕事にするまで
小さいころから絵が好きだった中川さんが本格的に絵に目覚めたのは、中学のときでした。美術の先生と出会い、油絵を描き始めます。先生から褒められることで、自信をつけ、賞を獲得するまでに伸びていきました。
勢いのまま、美術科のある地元の高校に進学しました。そこはまさに「絵のエリート集団」。美術専門学校へ通う強者もいて、レベルの違いに悔しさを感じることもあったそうです。音楽の道にも足を踏み入れるなど、葛藤の中でも絵への思いは消えず、宮城教育大学の芸術文化学科に入学しました。大学での教育実習が職業選択の岐路となり、「自分の手で作るモノで生活していきたい」という当時の思いが、この先の職業観につながっていきます。
そうは言っても、好きなことでお金を得るのは容易ではありませんでした。大学卒業後の5年間は、絵とは違う仕事をいくつも経験。それでも制作活動は続けていました。その後、知り合ったデザイン事務所に就職。働きながら勉強を重ね、いずれ独立しようと考え始めた矢先、会社が解散してしまいます。予想よりは早かったですが、今まで積み重ねてきた絵への信頼を糧に、2014年1月、絵描きとして独立しました。
「絵描き」として被災地に勇気を
仕事の不安を抱える中、東日本大震災が発生しました。力になりたい一心で被災地を訪れ、支援活動を行う日々が続きます。一方で、被災地での「絵描き」としての無力さを感じることも少なくありませんでした。
「絵描き」としての貢献できるチャンスは、時間の経過とともに巡ってきました。仮設住宅の住民とのやり取りを重ね、希望するイメージの壁画を制作することに。その場でダイナミックに絵を描き上げるライブペイントを、福島で開催されたフェス「ASYLUM」にて披露。沖縄、京都、長野の絵描きの方々とともに1枚の絵を描き上げました。
「絵を描くことが、今の被災地に勇気を与えられると思えました」と中川さん。
そのときに出会った友人たちには今でも勇気をもらいに行くそうです。
地に足をつけて描き続ける
恐れず壊し、媚びずに創る-SPIKESHOES/旗元退屈輩より。
「絵描きとして、日常の中で感じた思いを投影し、自分が満足する絵を描き続けることに尽きます」と中川さんは言います。
この8月から初の個展ツアーを行っています。銀座、群馬、山形、沖縄、神戸、そして12月の仙台まで6都市を回ります。
「まずは地盤を固めていきたい」。コンスタントに次へとつながる仕事の仕方をしたいと、今日も素直に前を見つめています。
自分が興味を持ってアンテナを張っていることには、素直に反応してみましょう。やりたいこと、自分の希望を実現させるためには、それを言葉にしていくことが必要です。そして、もっと大切なのは続けることです。何事も「10年やったら形になる」。自分の作るモノで生活していくことは大変さもありますが、そこには多くの面白さがあります。感性に素直になって、自分に合うライフスタイルを選択していってください。
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