死の跡から学ぶ実社会の一端
足を踏み込むと、そこは別世界。閑散としている部屋には、鼻の奥を突き刺す臭いが充満している。そして床には無数のハエとウジ虫が群がっている。人の形に染み込んだ体液は変色していて目立つ。「死後数日が経過した部屋は共通している」と作業員の菊池哲也さん(43)は語る。
菊池さんが勤務する「仙台ホーキング」(仙台市青葉区)は宮城県内唯一の特殊清掃会社だ。孤独死や自殺の部屋を綺麗にして原状回復に仕上げ、遺品整理を行う。従業員50人のビルメンテナンス会社の一部門として、2011年2月に設立された。
依頼は遺族や不動産会社から寄せられる。遺体が運ばれたあと4、5人で現場に向かう。着いたら最初に、線香を焚き静かに手を合わせる。「清掃させていただきます」と故人に思いをはせる。
▲現場で使用する道具を整理する菊池さん=仙台市青葉区、仙台ホーキング
ウィルス感染を避けるため防護服に身を包み、窓はほぼ閉め切った状態で淡々と作業を進める。それでも、菊池さんの脳裏には、故人が暮らしてきた生活が想像で思い浮かぶ。「なんでこうなってしまったのか...」。現場で感じた切なさが胸にこみ上げたのか、浮かべた表情は複雑だった。
遺品を整理する際に気を付けていることがある。それは、モノの全てがゴミではないということ。遺族らにとっては、何物にも代え難い思い出の品であるかも知れない。だから処分を任された遺品でも、丁寧に供養する。
ある時、菊池さんは自殺の現場に残された遺品を遺族に手渡した。「ありがとうございます」。心からの感謝の言葉に、特殊清掃に携わってきたことが「救われた」という。
東北の自殺者数は年間2000人を越え、今夏までに県内の被災地仮設住宅における孤独死は37人にも及んだ。こうした背景には、生活環境の変化に伴い、人々が以前にも増して自身の価値観やプライバシーなどを重視するようになり、繋がりが希薄になったことが考えられる。
私は今回の取材を通して学んだことがある。それは特集清掃の現場には、社会のひずみがあるということだ。